STORY
笑顔と希望を増やそうと、決めた日まで
中学1年生の時、母が交通事故に遭い、1年近く入退院を繰り返しました。生きるか死ぬかの状態で、ICUに入っている母を見たとき、身近な家族を失うかもしれないという怖さと不安でいっぱいでした。でもその時は、家族みんなで力を合わせて看病し、お互い助け合って過ごしました。おかげさまで、母は元気になりました。
社会人になり、高校3年間同じクラスだった友達が、自ら命を絶ちました。お葬式で見た彼の姿は、今でも忘れられません。長い間連絡を取っていなかったので、なんでもっと電話しなかったんだろう、会いに行かなかったんだろうと後悔しました。
だから僕は、身近で悲しい出来事をなくしたいと思い、まずは自分の周りから笑顔を増やそうと、勤めていた会社を辞めてNPOに入り、笑顔を増やす活動を始めました。
その企画のひとつが、踊りを手段に、日頃言えない感謝の気持ちを伝える「まいどハッピー大作戦」。100ヶ所以上の依頼を受けて日本を巡りました。その最中、福島で依頼があった日が、2011年3月11日。東日本大震災が起きた日でした。
日本一周を一旦中断し、すぐに復興支援に携わりました。そこで見た光景や、被災された方たちのお話。多くの人が家に荷物を取りに戻ったために逃げ遅れ、津波に巻き込まれたと聞いて、衝撃を受けました。僕は、何を大事にして生きていきたいのかを、自分に問いかけ始めました。そして出てきた答えが、
「自分のできるやり方で、
笑顔や希望を増やしていこう」
でした。そのとき、小学6年生の頃におじいちゃんに言われた言葉の意味が、わかったような気がしました。中学校の時の母の事故、社会人になってからの友達の死、そして東日本大震災で感じていたこと。そのすべてが、おじいちゃんの言葉につながっていると感じたのです。
だから僕は、たくさんの人と一緒に、この人生で笑顔や希望をいっぱい増やして、最高の思い出をつくっていこうと決めました。